体毛が気になる。
年々濃くなっていっている体毛、まあ当然の生理現象といえばそうなのかもしれないがスネの毛に始まって髭やらケツやらの毛が僕の体を覆い始めている、このままでは最早人間というよりは植え込みといった方が早いほどの毛まみれになった僕と、僕を明らかな不審人物と思い込んだ警察とが夜な夜な奏でる輪唱ランナウェイによって全力疾走する僕の毛に世界中の小蝿や蛾が絡まり、世界から野生の虫が消滅する。
子供たちが虫を見るためには、もはや記録映像を観るか僕の毛の中を探索するしかないのだ。かつての雑木林はただの酸素製造林と成り下がり、かつての自由研究における昆虫採集の賑わいは影を潜め、ただただ夏休みの研究結果として提出されるのは血文字で書かれたアサガオの観察日記か吐寫物で描かれた家族の似顔絵か遺骨ピンボールのみだろう。
そうして僕は外界からのコンタクトの一切を絶ち、毛の中では閉じ込められた虫たちが独自の進化を遂げ、独自の生態系を構築し、独自の文化を形成する。始めのうちは僕を神と崇めていた虫たちも、やがて科学の進歩に沿って自らを神とするようになり、対立する。対立は炎となって燃え上がり、ついには核の炎が世界を包み込み、虫たちは己の生み出した文明によって滅ぶのだ。そして僕と、爆弾の炎によってパーマのかかった毛髪だけが残された。
「どうしたの、それ」
僕はただ一言「失敗した」とだけ答えた。
2006年05月13日 22:47