蛇口が売っていた。
ある金物屋の前を通ると蛇口が売っていた。金物屋にとっては商品の一つに過ぎないこの蛇口だが、蛇口が単体で売られていることにある種のイリュージョンを覚えざるを得ない。この際だからはっきり言おう。蛇口には魔力がある。取り付けた場所から必ず液体が出るという魔力があるのだ。
蛇口をひねれば水が、という常識は母親以上に我々を包んで、そして離さない。皆はこんな経験はないだろうか。蛇口をひねっても何も出てこず「あれ?」と思った経験が。この何気ない日常のワンカットが我々の脳深く刻まれた蛇口プリンティングの確かさを証明してしまっていると言えよう。
僕は蛇口の前で少し立ち止まってしまった。蛇口から水が出るのならば、取り付ける場所によって蛇口から出る液体に変化があってもいい。そしてまた液体が出ることによって取り付けられたものに変化があってもいいのだ。」
鍋底ダイコンに蛇口を取り付けてしまったら、そして誰かが閉め忘れてしまったら。そこにはだし汁と干からびた大根が残されているに違いない。恐ろしい。蛇口はエッセンスを排出する! 学者の耳に蛇口を取り付けたなら、彼が蓄えたありとあらゆる知識が蛇口から放出され、残された彼は何のとりえも無い凡人へと回帰してしまうのだろう。耳から蛇口の出た学者には何を聞いても無駄だろう。彼はすでに抜け殻だ。
現代では、蛇口の無い生活は考えられない。蛇口は必需品だ。しかし文字の如く蛇口はサタンの化身であるところの「蛇」の「口」。そのひとひねりがどういう意味を持つか、そのひねる手を止めて考えてみよう。
2006年09月30日 23:13