「ああ、アイツを見たときはマジでビビったね。耳から小便チビっちまうかと思ったほどだぜ! 時間? アイツを見た時間かい? そうだな、俺が家に帰っていつもどおりジム・ビームをやろうとしたときだったから、夜の十時ぐらいだったとは思うが、それにしてはテレビに刺さってるニンジンが緑色だったし九時かもしれねえ。ああ、すまん、ちょっと混乱してて、もうその辺覚えてねえんだ。俺がはっきり覚えてることといえばヤツはサッカーボールを蹴りながら磯野を野球に誘ってたってことぐらいだ」 /38歳 ドイツ人農家
「え? あの夜のことかい? マイったな……いや、話したくないってわけじゃないんだが、ホラ、こういうことって話しだすと、自分の中で膨らんじゃうだろ……? ただでさえあの日から一週間ろくに眠れなかったってのに……ああ、イヤ、話そう。ええと、そうだな、とりあえずあの日から冷蔵庫の扉は防弾にしようと思ったね。ナンセンスだと思うかい? 僕に言わせれば野菜室の方がよっぽどナンセンスさ! 冷蔵庫は野菜室なんか作らないで、非難室を作るべきだったんだ……あの目が真っ赤で、爪の先にきなこが詰まってるようなヤツが現れたら、どうしたってそう考えるようになるさ。え、時間って、そのときの時間かい? うーん……よく、覚えてないな、十時ぐらいだった気もするけど、イヤ、テレビに刺さってたニンジンが緑色だったな……」 /29歳 実業家
「非科学的だ。そんな話は信じられない。夜の十時にニンジンが緑色に? しかもテレビに刺さっているのに? 君は豆の木にのぼったジャックのように、大切な論理的思考を幻想と取り替えてしまったんじゃないか? はっ! 馬鹿馬鹿しい」/54歳 科学者
「ああ、ワシがこんな話をするハメになろうとはな……そうじゃな、ワシが兵士としてベトナムに居た頃、ワシは過酷な戦場を泥水をすすり草根をかじって生き延びたものだ。あんたら若い者には想像もつかんだろうが、好き嫌いなんぞ言っていたら死を招く世界じゃったんじゃよ、だから生きるためには何でもした。ドラえもんを見ながら矢沢を聴いたり、プリンを作りながら矢沢を聴いたり、B'zと対談しながら矢沢を聴いたり、な……少なくとも、リンスなんて二日に一回できれば上等な世界じゃったよ。そうするうちどんどん食べるものもなくなり、ワシらは手持ちのコエンザイムのサプリメントのみで飢えをしのいでいた。腹は膨れなかったが、どんどんお肌はぷりぷりにはなっていったよ。え? ああ、この話じゃなくて、昨日の夜の?
ああ、昨日の夜の話か……ありゃあ酷かった、どこから話すか、そうじゃな、ワシが修学旅行でベトナムの戦場に居た頃……」 /89歳 初老の紳士
2007年04月21日 21:42