■折衷案

洋わさびの話。

僕がバイトしているレストランには「牛肉のタタキ」というメニューがある。
これ自体は実にポピュラーなメニューだけれども、僕の店では一風変わっている。どこが変わっているかというと、まず人を三十人以上踏み殺し、スペインでは「皇帝(カイザー)」の異名で知られる暴れ牛に素手で立ち向かい、今にも相手を刺し殺そうと鼻息を荒くする猛牛にウォン・ビンの生写真を投げつけ、牛がそれに気を取られている隙にすかさず風味豊かな但馬牛のタタキをスライスして、洋わさびを添えるという作り方だ。この洋わさびがわさびとは違った風味を加えるのだ。

んで

この洋わさび、普通のわさびと当然味が違うためお客様の中にはこれを好まない人、腐ってると勘違いする人、食べた途端前世の記憶が全て蘇り自分は実はファラオの生まれ変わりだと言う事実、そして巨大ピラミッドの奥に隠されていたヒエログラフに記された碑文が家庭で簡単に出来るチキン南蛮の作り方であるという秘密に気づき、博士の「ねえ、その碑文に何て書いてあるの? やっぱ古代兵器とか? 宝のありかとか?」という問いかけに「あー、うん、いや、今度メールで言うよ」などと誤魔化したりする人、要するに洋わさびが食べれない人がいるのだ。

だから新規のお客様には必ず「こちら洋わさびにおります」的なことを言うのだけれども、こういう同じセリフって何回も言ってると訳わかんなくなってくる。

「いらっしゃいませ」とかでもそうだ。忙しいと「いっしゃいあっせー!」とかになるし、酷いときは「せっせー!」になる。
そうなると挨拶ではなくて、ただ僕が働いてる様子だ。いちいち「せっせと働いていること」をアピールしているだけだ。

さすがに「洋わさび~云々」は「せっせー!」にはならないけど、こないだ酷い噛み方をした。

「こちら洋わさびになります」というはずが、「こちらよう」といってしまったのだ。
「おまえよー! しっかりやれよ!」的なノリでの「こちらよう!」
お客様に対してお前どんだけ馴れなれしいんだと、同級生かよ。
しかもテンパってたため発音が「こちらよう↑」わかりやすくいうと「こちらYO!」だ。

まさかの薬味ラッパーの誕生に日本の音楽シーンは震撼しただろう。僕の頭の中ではデビューシングル「アワビ wanna be わさび」が永久リピートされてたがここで帰っては本当に意味のわからない接客だし、とにかく最後まで言い切ろうと口をついて出た言葉が

「……わさびでございまーす!」

人生でこんなにわさびをイチ押ししたのは初めてだ。
確かにわさびは自己アピールとかあんまりしない子だけど、こんなにプロデュースしてやることはない。
しかも「わさびでございまーす!」とは、
「サザエでございまーす!」以来の快挙。
僕のうっかりミスでただの薬味が長谷川町子原作になってしまったが、それに対し客もリアクションに困ったのか

「……はい!」

受け入れちゃったよ!

でも案の定洋わさび残してた。

2007年09月06日 12:14