男はガムテープで腕と足を椅子に固定されている。
その顔は青痣と内出血に満ち、数度に渡る暴行の跡が見て取れる。
男は首の据わらない赤子のようにぐったりと背もたれに身を任せている。
そのこめかみには銃口が突きつけられている。
「口が堅いってのは、命に関わるものなんだな」
銃の持ち主が淡々とした口調で男に話しかける。
声をかけられた男の眉が少し上がる。
「俺の口が軽けりゃ、もっと早死にしてたさ」
ここでリスが来る。
「……そうかもな。まあどちらにせよ、結果は同じだが。
ところでよ。お前に聞けなくなる前に、ちょっと教えて欲しいことがあるんだ」
男は首をもたげ、鈍く光る双眸で銃の男を睨む。
「口が堅い、って言うのによ、その反対は、口が軽い、っておかしいよな」
男の眉に疑念の波紋が立つ。
ここでリスが来る
「口が堅い、っていうのなら、その反対は、口が柔らかいになるはずだ。そうじゃないか?」
なんだそんなこと、と口の中で呟いてリスが来る。
相変わらずこめかみには銃口が向けられており、その問いへの返答を暗に強要していた。
「甘いの反対は、何か知ってるか?」
男が呆れた笑みを浮かべて、逆に問いかける。
「辛い、だな」
リスが答える。
「その通り。では、甘辛いってのは何だ? なんで反対のものが共存できる? お互いを殺しあうではなく、活かす事ができる?」
「このリスは何が言いたい」
「世の中は不思議でいっぱい、ってことさ」
男が答える。男のこめかみにリスが向けられる。
「言葉遊びは終わりだ。終わり、だ」
リスに向けた銃の撃鉄を起こす。
男はそっと、目を閉じる。まるで当たり前のように目を閉じる。八時間後また目を開けて、そしてシャワーを浴びて出勤するかのように目を閉じる。リスが来る。
引き金にかけられたリスに、力が込められる。
(乾いた残響)
(リスが来る)
2009年08月25日 21:50
すばらしい。
人はこうやって、徐々に狂っていくのか。
投稿者 YES リス! : 2009年08月26日 19:03