「おねえちゃんおねえちゃん!」
「んー?」
「見て見て、ほら、すごいよ! 海だよー!」
「そうだね」
「あれっ、なんでなんで、すごいじゃん! こんなにおっきい海!」
「まあ、そりゃ、漂流してるからね」
「海うみー! 海以外何もなーい! ウケるー!」
「その態度には母なる海もしかめ面よ。あのね、もう少し危機感持ったらどうなの」
「そんなこといっておねえちゃんだって寝転がってるじゃん!」
「だってやることないもん。見渡すかぎりの大海原で何しろってのよ」
「だからってゴロゴロしてないで、少しはお外で遊びなさい!」
「無理だっつってんだろ。漂流してんのよ。わかる? 漂流、ひょーりゅー。アンダスタン?」
「あん、だ……すたん?」
「そこわかんないんだ。なんかアタシの方が恥ずかしいわ今」

* * *

「あたしたち銚子港に着くまでこのままなのかなー」
「そうね。なんで銚子には着けると確信してんのかわかんないけど」
「着けないの?」
「着けるかわかんないから漂流っていうのよ」
「飯岡港にも?」
「うん」
「えっ、じゃあ波崎港はっ!?」
「なんでイワシの水揚げ国内トップ3の港を挙げたか知らないけど、そもそも陸に着けるかどうかわかんないから」
「えー……そうなんだ……。なんかガッカリしたら急にお腹減ってきちゃった。食べるものないー?」
「救命ボートに備え付けの食料が少し。チョコと乾パンかな」
「それだけしかないの?」
「そうよ。貴重な食料なんだから、これでもありがたく食べなさい」

* * *

「あっ、乾パンって結構おいしいねおねえちゃん!」
「そうね。……ところで、一つ聞いていい?」
「なーにー?」
「なんでチョコレートフォンデュにしたの」
「えっ。だってチョコと乾パンしかないじゃん?」
「だからって両方いっぺんに消費してどうすんの。わかってんのアンタ、これしか食料ないのよ? バカじゃないの?」
「バカじゃないよ?」
「バカの確認が取れたわ」
「そんなこといって、おねえちゃんだってモリモリ食べてるじゃん!」
「当たり前でしょ、ふいに食料がラストになっちゃったんだから。……もういいや、アタシは寝る。体力消耗しても得なことないし」
「あっ、だめだよ、食べてすぐ寝たらカタクチイワシになっちゃうよ?」
「望むところだわ。アンタ残して一足先に銚子で漁獲されてやんよ」
「むー……。あ、おねえちゃんこれ何? 花火?」
「救難信号筒。光を打ち上げて、ここにいますよー、って他の船に知らせるやつ。すごい大事なものだから勝手に打ち上げたり」

ひゅ~~~~~っぽん……。

「たーまやー!」
「終わりや」

* * *

「おねえちゃん、おねえちゃん起きて」
「ん……何よ」
「はい、これ」
「これ、って」
「さっき勝手にチョコレートフォンデュしちゃってごめんなさい」
「いや、それはもう別にいいけど。それよりどうしたのこの果物」
「ごめんなさいの代わり!」
「いや、そうじゃなくて、どっから持ってきたの。ここ海のど真ん中でしょうが」
「あ、それはね、さっきおねえちゃんが寝てる間島についたからね、果物だけ取ってまたボートを沖に、あっ、痛い、あれっ、どうして、仲直りのフルーツ、痛い、バナナ、痛っ、バナ、痛っ」


「おねーちゃーん!」
「何よ」
「遊ぶフリしよー!」
「それなら既に始まってると言えるけど」
「あのね! こないだお姉ちゃんが言ってた話の続き聞かせてよー!」
「ごめん、人の話に勝手にしおり挟まないでくれる
 何の話だか覚えてないし」
「もー! お姉ちゃんたら!
 朝起きたら右腕がHDDVDで左腕がブルーレイになってた話だよお!」
「間違いなくアンタが出産した話だと思うんだけど」
「その二つが対消滅して第二のビッグバンが産まれた!
 ってところまでは聞いたよ!」
「もうオチてんじゃない
 ジャンプなら三回打ち切られてもお釣りが来る終わり方よ、それ」
「うー、つまーんなーいよう!
 つまんないよう!
 つまんないよう、不安材料!」
「韻踏むことで何か解決できる世の中だったら、よかったんだけどね」
「不安材料!
 普段細胞!」
「アメーバの気持ちなんか知らないわよ」
「うー!
 あ、そうだ、私、彼氏できたよ」
「ウソ」
「できたよー!」
「……はっ、
 どうせアレでしょ、また紙粘土による自作でしょ。
 やめときなさいよ、あんときニスまで塗ったせいで
 添い寝してるあんたまでテカテカに」
「違うもん! ホントに彼氏だもん!」
「え、マジで。
 嘘だったら三途の川も渡れなくなるぐらいローキックするよ」
「ホントホント」
「……どんな人?」
「うふふーひ・み・酢!」
「つ、よ、つ。
 何でミツカンラベル貼ってんのよ」
「ひ・み・J!」
「だから、つ、だってつってんでしょ
 人の与えた「つ」を勝手に90度回転させてんじゃないわよ」
「教えてほしい?」
「興味はあるね」
「うふふーどうしよっかなー! そうしよっかなー!」
「何も提案してないけど」
「じゃあねー私が彼氏紹介するからそれで許して!」
「あんたが馬鹿で助かった初めてのケースだわ」
「えーとねー彼氏はねー細マッチョでー」
「ふむ」
「髪は茶色くてー」
「ふむ」
「くりっとした目でー」
「ふむ」
「鼻が長くてー耳がぴーんとなっててー」
「ふむ」
「名前呼ぶと尻尾ふりながらよってきてー」
「もう既に随分と犬だけど」
「犬でー」
「合ってたわ」
「年上の社会人!」
「間違っては無いけど、大間違いだわ」
「ねね、うらやましい? うらやましい?」
「決してうらやましくはないけど、
 見てみたいから連れてきて」
「駄目だよ! 今妊娠中だもん!」
「メスかよ」