« 2006年11月 | 2007年01月 »

■中学生

実家に帰ってきた。

あきれ返るほどの雪国なので、まっとうに雪は積もっており、またその寒さも大阪のそれに比べてかなり染みるものがある。実家に帰るのは一年ぶりなのだけれども、故郷というのは昔見たエロ動画と同じく、そのときの情緒や景色を記憶しておいてくれるものだと、帰る度に思う。

そして一度来たら、しばらくはまたどうでもよくなるという点においても故郷とエロ動画は似ているともいえよう。そう考えると故郷はエロ動画ではないか、という気がしてくる。変わっていく町並みのなかに佇む確かな正常位、僕はそれに包まれながら故郷の土を踏みそのあはんあはんという音を聞く。聞き覚えのある声。

駅から出てバスに乗る、いつも降りるバス停とは少し違う、家からは少し遠いバス停で降りて歩くこの背中に感じる息遣いは微かに震える。ローター。それもピンクの。ローターがある。ローターは震えながら変わっていく町並みに綻びをつくり、その奥に見える記憶どおりのあの日の故郷。染み付いた故郷。ぶるぶると震えるローター。そして故郷。

決して絶頂に達しない、前戯のような道を歩いていくと我が家が見えていく。ローターと、そして前戯と、確実な正常位でびしょびしょになった我が家が佇んでいる。我が家その扉を開けて僕を迎え入れる。

「ただいま」

んこ。

2006年12月30日 22:07


■タイタン丸洗い

大掃除の方法を考えている。
掃除機や雑巾などといった前時代的な方法ではどうにもならないことはわかっている。ああ、もちろん僕んちの壁紙こんな色だったっけ? というレベルなんぞ通り越して考古学者がツアー組みたがるほどの遺産ックな様相だがその匂いにやられてツアーを断念。壁紙の色もそうとも、匂いがある。

しかも何故だか玄関だけ生ごみの匂いがするというパーフェクトセキュリティ、半日ほど家にいた後ドアを開けると明らかに外界との気圧に差を感じることができる。開けた瞬間突風が起こる。おそらくは何か駄目な化学変化によって発生したキツいガスがヤバい感じになってることはちょっと化学をかじった者ならわかるところだろう。

あとはまあシャワーカーテンが開かなくなってるとかスピーカーの上につもったパウダースノーが夜更け過ぎに生成されたものだろうが何だろうお構いなしにきっと君は来ない一人きりのクリスマスを暗示しつつ窓際には太陽光に当たりすぎてチビノワよりもろくなってる輪ゴムなど様々なオーパーツが収納されているけれどもそれらは全て「結果」だ。そう、どうしてそんなことになってしまったかを悔やんでも覆水 won't be back、前に進むことこそが「大・掃・除」なんだと。きっとそうなんだと。

とりあえず今あがっている案はマッチ一本で部屋をデフラグする方法と、生ゴミを極限まで放置して自発的に部屋を掃除するバクテリアの誕生を祈るの二つだ。前者は近隣の住民に火の使い方を教えることになりかねないし後者は社交性の低い僕の同棲への不安というものがある。さあどっちを選んだものか「さっさと掃除しろよ」もうほうっておいて来年に回して「部屋は住人の心象風景だぞ」うるさいな「ほら、そのレシートいつのだよ」黙れよ「切れた電池窓際に並べてんじゃないよ」黙れ「綺麗に整列してるその電池は何なの? 兵士? 軍か? 私軍か? それで独立する気か」黙れ! 黙らないとこの掃除機をぶつけるぞ! 「何度でも言ってやるよ、このインドアホームレス!」それ初めて言ったじゃないか! 出てけー! 出てけー!

さて。

2006年12月22日 23:31


■湘南ポエム

柱があって、柱には鈴がついていました。
私はその鈴に「佐藤」と名づけました。
すると佐藤は翌日、目玉焼きを卵で包んだものをぶつけられました。

違う鈴には「高校生」と名づけました。
すると高校生は翌日、放っておいても仕事をする人間から
「頼んでません。シーザーサラダ。頼んでません」といわれました。

また違う鈴に「未来」と名づけました。
すると未来は翌日に、「今日」になっており
そのさらに翌日には「過去」になっていたのです。
しかし頼んだシーザーサラダは二度と来なかったそうです。

そして私は、私自身に「パーフェクト」と名づけました。
すると私は翌日うどん屋を開くことになり
「パーフェクトうどん」は、皆に好評で
私自身の幸せとなりました。
目玉焼きを卵で包んだようなそのうどんは
私自身の幸せとなりました。

佐藤という名の高校生は、過去を振り返ることもなく
私の作ったパーフェクトうどんを食べて、また、どこかへ行きました。

2006年12月16日 20:51


■比喩の限界を迂回

自転車が壊れた。

パンクとかそういうのではなくて、何だかよくわからないけど後輪タイヤのゴムがべろーんってなっていた。相当伝えにくいし、相当わかりにくいと思うけどタイヤのゴムが、とにかくべろーんとなっているわけだ。タイヤには本来チューブがあって、そしてその上にゴムがあるわけなのだけども、今回はそのゴムに当たる部位が極めて端的に言うならばべろーんとなっていたのだ。

これはもうべろーん以外の表現が見当たらない、世界中の比喩自慢を集めてもこの状態に「べろーん」以外の言葉を当てはめることは不可能だろう。そういう意味ではフェルマーの最終べろーんとして世紀にわたって比喩者たちが挑戦し続ける関門になってほしいという僕の願いも裏腹に相変わらずゴムがべろーんとしている。べろーん。べろおーん、ではいけない、べろーん。おそらくこの状態を見た原始人が「べろーん」という言葉を作ったに違いない。

とにかくべろーんとなっているものは仕方ないので、修理に持っていく。自転車屋の軒先まで自転車を持って行き、奥のおっさんを呼ぶ

「すいませーん」
「あーい」
「あの、なんか、自転車の後輪がべろーん、ってなってて」
「べろーん……?」
「はい、べろーんって」
「いやべろーんって言われても」
「でもべろーんってなってるんですよ」
「まあ見せてみなよ」
「これです」
「あー……、これは、うーん。何やったらこんなことなるの」
「いや、わかんないです。乗ろうと思ったらこんなんなってて」
「いたずらでもされたのかね、ちょっと待っててね道具持ってくるから」
「はい」

「おーい! あの、テープ持ってきて! うん! いや! 違う! テープ! うん! いやパンクもしてて、うん! いやちゃうねん、なんか、べろーんなってんの! え!? いや、べろーんって! うん!」
すると奥からおばちゃんが
「はいテープ……うやっ! 何これ、べろーんなってるやないの!」
「はい、すいません」
「だから言うたやろ、べろーんなってるって」
「こんなべろーんなってるとはね」
「いたずらやろ、べろーんならんもん普通」

べろーんべろーんうるせえ。

2006年12月09日 10:30


■ご本人登場

レストランなんかでバイトをしていると色んな客が来るもので、それでも僕らは分け隔てなく接客しなきゃいけない。中には変な客もいるけど、それでも平静に対応しないといけない。しかし今日来たカップルはその中でも群を抜いていた。

とりあえず女は桃井かおり。ファーのついた黒いレザーコートに、黒いスカート、加えてけだるそうな眼差しと低血圧な喋り方はまさに桃井かおり。いや、まあ厳密に顔を見るとそこまで似ているということでもない。桃井より目はぱっちりしてるしアゴはとがってるし、右側の頬にはブルースウィリスが止め損ねた隕石が被弾したせいだと思われるニキビ痕が縦に点々と、なるほど岩手県特有のリアス式ほっぺは波が細かく砕けて養殖カキが良く育ちそうだなコンニャロウ、といったニキビの川。しかしそれでも、あれは桃井かおりよりも桃井かおりだと確信せざるを得ないのだ。偽者はむしろ桃井かおりの方なんじゃないかとさえ思う。

説明しにくいのだけど、桃井かおりというのは特定の人物を指すものではなく一種の概念なんじゃないかと思う。ふくらませると桃井かおりの形にふくらむガムを百人に試してもらっても、たぶん八割がた桃井かおりじゃなくてこの女の形にふくらむんじゃないか。いや、そんなガムはないんだけど。

本来ならこの桃井だけでお腹が黄色いハンカチで一杯になるところだが、またこの彼氏の方が椎名桔平そのもの。デコといいセンター分けといい桔平そのもの、いや、むしろ椎名桔平ってのは人物を指すのではなくて概念を指すもので、ふくらますと椎名桔平の形にふくらむガムをふくらませたとしたら、いやそんなガムはないんだけどそんぐらい似てる。

いやいやいや似てるって言い方もおかしい本人より本人なんだから、あー、もう説明しにくいなこれ、とりあえず椎名桔平の隣にこの男を並べたらぷよぷよの理論で消えるじゃんか、そしたら椎名の上に積んでた桃井が落ちてきて連鎖が完成して上からお邪魔桃井かおりとお邪魔椎名桔平が降って来るじゃんか、でもそれは芸能人の方じゃなくて、俺の目撃した方が降って来るっていうことなんだけど。

いやだからそんなゲームはないよ。ないけどさ。

2006年12月05日 18:08


■鏡の中の。

師走。

師匠(骨法)が走り回るほど忙しくなるということでの十二月。まあ誰が言い出したかはわからないけどこれが非常に言い得てYes.やらなければいけないことが少しも終わっていないというのに、どんどんやらなければいけないことが増えてくるこの頃。もしもやらなければいけないことを全て放り出し逃げ出して飛騨の山奥にある湖に泣きながら卒論の草稿を投げ込んでいると、湖面が急に波立ち、中から大きな大きな昔のゲームボーイが現れ

「お前のやらなければいけないことを、一つだけ終わらせてやろう」

と言われた日には「人生を終わらせてください!」と叫んでしまう、そして僕は上から降りてくるNintendoの文字に押し潰されて死ぬんだ。

とにかく終わらせないと終わらない。この地獄は時間さえも解決することは出来ず、ただ己のみそれを解決することが出来る。果たしてどっちが楽か。死ぬ覚悟で何かに取り組むか、それとも最早諦めて死ぬか。どちらにしても死ぬのであれば、少しでも立ち向かうべきだろうか?

師走は人を殺す季節。そうして頑張って頑張って、頑張っても終わらずに力尽きてしまうこともあるだろう。そうした場合、誰が僕を慰めてくれるのだろうか? ただのあの天空に浮かぶNintendoの文字の、迅速なる落下を望むことの何がいけないと言うのだろう? 僕は歩いて歩いて、そして倒れて動かなくなる。それを見つめるゲームボーイ。僕の屍体を誰かが拾っていく。そうしてWiiの、"i"がまた一つ増える。

2006年12月02日 17:36


■リアル寿司

寿司屋。

「へいらっしゃい!」
「あの、コハダください」
「あいよっ! お、お客さん学生さんかい?」
「あ、いや、違います」
「なるほどっ、じゃあ中学生さんかい?」
「学生でひとくくりにしてくださいよ」
「まだ若いのにうちの店に来るたぁ、大した眼力だ!」
「そうなんですか?」
「おうよ、うちの店はとことん味を追求してるからねぇ」
「へええ」
「素材にこだわり、握りにこだわり、シャリにこだわり」
「凄いですね」
「おうっ! そんじょそこらのカレー屋には負けねぇよ!」
「住み分けてください、そことは競争しないでください」
「へいお待ち、まるでコハダっ!」
「え、あの、まるで?」
「おうよ、うちの店はリアルさを追求してっからね、どうでい、まるでコハダだろ?」
「これ、コハダじゃないんですか」
「おうおうおう、よおく見てみな、形、香り、味、全部とっても、まるでコハダじゃねえか!」
「いやコハダ出してくださいよ、まるでコハダとかじゃなくて」
「お客さん、うちのリアル寿司に何か文句があるってのか?」
「リアル寿司?」
「おう、他の何よりもリアルな寿司だぜ?」
「まるでコハダだと、偽者じゃないですか、ちゃんと寿司出してくださいよ!」
「もう堪忍袋のゴム切れた! そこまで文句があるなら出てってくんな!」
「ハイカラな堪忍袋ですね。いや、すいません、ちょっと言いすぎました」
「おうよ!」
「じゃあ次は、あの、マグロください」
「あいよっ!
へい、逆にマグロ!」
「いや逆にって」
「もーう! 堪忍袋の栓抜けた!」
「早ええよ、ちょっと言われるってわかってんじゃねえか」
「そこまでコケにされちゃあ、おいらも黙っていられねえ!」
「いやだって、まるで、とか、逆に、とか言われたら……」
「おうおうおう、なら文句のねえリアルを出してやんぜ!」
「ああ、あるんですか」
「当ったり前田のブラウザーよ!」
「前田explorerですか」
「こいつを見て腰抜かしやがれっ! そらっ! 正真正銘のカツカレーお待ち!」
「寿司出せよ!」
「飯の上に具が乗ってんだ、何か文句があるってのか!」
「文句しかねえよ! 見ろよあの醤油とわさびの悲しそうな顔!」
「さっきからうるせえ客だな! 食ってから文句言いやがれ!」
「食ってからって、どうせカレーの味しか……ぱくり」
「どうでい」
「……まるでコハダだ! 凄い! このカレー、まるでコハダだ!」
「そうだろう!? そうだろう!? うちの店はすげえだろう!」
「大将!」
「おう!」
「死ね!」
「おう!」

2006年12月01日 09:30


« 2006年11月 | 2007年01月 »